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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和31年(わ)111号 判決

被告人

金永年こと金在玉

外二名

主文

被告人諸扶★及び被告人金在玉を各懲役一年に、

被告人金再権を懲役八月に、

処する。

被告人金在玉及び被告人金再権に対しては、いずれも未決勾留日数中右各本刑に満つる迄の日数を右各本刑に算入する。但し、被告人諸扶★に対しては本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかゝる李遺連名義の外国人登録証明書一通(証第三号)及び金永年名義の外国人登録証明書一通(証第七号)は、いずれもこれを没収する。

訴訟費用中証人原口彦次に支給した部分は被告人諸扶★の負担とする。

昭和三十一年六月二十日附起訴状記載の公訴事実中第二の(一)及び(二)の点については、被告人金在玉及び被告人金再権はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人諸扶★は朝鮮人であつて、昭和二十六年夏頃以降本邦に在留する外国人であるが、

(一)外国人登録法施行の日である昭和二十七年四月二十八日より法定の申請期間を超えた現在に至る迄法定の手続に依り所轄佐世保市長に対し外国人登録証明書の交付の申請をしなかつた

(二)昭和二十九年十二月四日頃佐世保市高砂町佐世保市役所において同市役所係員に対し、自己が李遺連でないのにも拘らず恰も李遺連であるかのように装い、李遺連名義であつて被告人諸扶★の写真を貼付しある有効期間の満了する外国人登録証明書に自己の写真三葉及び関係書類を添付して、新な外国人登録証明書の交付の申請をなし、右申請を真実なものと誤信した同市役所係員をしてその頃同所において、李遺連名義の被告人諸扶★の写真を貼付した外国人登録原票を作成せしめ、以て公務員に対し虚偽の申立をなして権利義務に関する公正証書の原本たる外国人登録原票に不実の記載をなさしめ、同係員をして即時同所にこれを備付けしめて行使した

第二、被告人金在玉は朝鮮人であつて本邦に在留する外国人であるが、昭和二十九年十二月十日頃前記佐世保市役所において、同所の係員に対し、自己が金永年でないのにも拘らず恰も金永年であるかのように装い、金永年名義で自己の写真を貼付した有効期間の満了する外国人登録証明書に自己の写真三葉及び関係必要書類を添付して新たな外国人登録証明書の交付の申請をなし、右申請を真実なものと誤信した同市役所の係員をして、その頃同所において、金永年名義の被告人金在玉の写真を貼付した外国人登録証明原票を作成せしめ、以つて公務員に対し虚偽の申立をなして権利義務に関する公正証書の原本たる外国人登録原票に不実の記載をなさしめ、同係員をして即時同所にこれを備付けしめて行使した

第三、被告人金再権は法律で許された場合でないのに、昭和二十九年二月頃有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで船名不詳の船に乗船して朝鮮三千浦港を出港し、その頃福岡市附近の海岸に上陸し、以つて不法に本邦に入国した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(前科)

被告人金在王は、(一)昭和二十五年六月二十六日言渡、同年七月十一日確定を以つて長崎地方裁判所佐世保支部において、外国人登録令違反罪に依り懲役三月に処せられ、昭和三十年七月五日右刑の執行終了後、(二)同年七月十三日言渡、同年八月五日確定を以つて同裁判所において、外国為替及び外国貿易管理法違反、たばこ専売法違反、関税法違反被告事件につき、懲役一年に処せられ、昭和三十一年七月三十一日右刑の執行を終了している。

(法令の適用)

法律に照らすに、被告人諸扶★の所為中外国人登録法違反の点は同法第十八条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条に、公正証書原本不実記載の点は刑法第百五十七条第一項、罰金等臨時措置法第二条第三条に、同行使の点は刑法第百五十八条第一項、第百五十七条第一項、罰金等臨時措置法第二条第三条に各該当するが、公正証書原本不実記載の行為と同行使の行為とは互に手段結果の関係にあるので、刑法第五十四条第一項後段第十条に依り犯情重い後者の罪の刑に従うこととし、以上は刑法第四十五条前段の併合罪に当るので、いずれも所定刑中懲役を選択したうえ同法第四十七条但書、第十条に依り重い不実記載公正証書原本行使の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において、同被告人を懲役一年に処し、被告人金在玉の所為中公正証書原本不実記載の点は刑法第百五十七条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に、同行使の点は刑法第百五十八条第一項第百五十七条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するが前者の行為と後者の行為とは互に手段結果の関係にあるので刑法第五十四条第一項第十条に依り犯情の重い後者の罪の刑に従うこととし、同被告人は前科があるので、所定刑中懲役を選択したうえ、同法第五十六条第五十九条第五十七条に依り累犯の加重をなした刑期範囲内において同被告人を懲役一年に処し、被告人金再権の所為は出入国管理令第七十条第一号、罰金等臨時措置法第二条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択しつその刑期範囲内において同被告人を懲役八月に処し、被告人金在玉同金再権に対しては刑法第二十一条に依りいずれも未決勾留日数中右各本刑に満つる迄の日数を右各本刑に算入することとし、被告人諸扶★に対しては犯情刑の執行を猶予するのを相当と認めて同法第二十五条第一項に依り本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予することとし、押収物件中李遺連名義の外国人登録証明書一通(証第三号)及び金永年名義の外国人登録証明書一通(証第七号)はいずれも本件犯行によつて得たものであり犯人以外の者に属さないから刑法第十九条第一項第三号第二項に依り前者は被告人諸扶★から後者は被告人金在玉からそれぞれ没収し、訴訟費用中証人原口彦次に支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項に依り被告人諸扶★の負担とし、爾余の訴訟費用は同条第一項但書に依り被告人金在玉及び同金再権に負担させないこととする。

(無罪部分の判断)

一、昭和三十一年六月二十日附起訴状記載の公訴事実中被告人金在玉及び被告人金再権に対する第二の事実は「被告人金山出こと金再権及び被告人金在玉は共謀のうえ、(一)昭和二十九年十月二十七日頃福岡県小倉市役所において、同所係員に対し自己(被告人金再権)が金山出でないにも拘らず恰も金山出であるが如く装い金山出名義被告人金在玉の写真を貼付した有効期間の満了する外国人登録証明書に自己(被告人金在玉)の写真三葉及び関係必要書類を添付して、新たな外国人登録証明書の交付申請をなし、以つて右申請につき虚偽の申請をなし、(二)右申請を真実なるものと誤信した小倉市役所係員をして、前同日同所において金山出名義、被告人金在玉の写真を貼付した同所備付の外国人登録原票を作成せしめ、以つて公正証書の原本に不実の記載をなさしめ、即時同所に備付けしめてこれを行使し」たものである、というにあつて、罰条は外国人登録法第十八条第一項二号、刑法第百五十七条第一項、第百五十八条第一項に該当する、というにある。よつて審究するに、司法警察員作成の登録証明書偽造被疑事件証拠物と題する書面添付写真中No.5とある分(但し長崎県警察本部警備第二課長作成外国人登録証明書複写写真の送付について、と題する書面添付の写真十一葉のうち)に依れば小倉市役所において昭和二十九年十月二十七日附を以つて明らかに被告人金在玉と認められる写真を貼付した金山出名義の外国人登録原票が作成されている事実を認め得るところであるが、福岡県警察本部外事課長作成の外国人登録証明書原票複写写真送付について、と題する書面の裏面に添付の写真(前記長崎県警察本部警備第二課長作成の外国人登録証明書複写写真の送付についてと題する書面添付)に依れば、小倉市において昭和二十七年十月三十日付を以つて明らかに被告人金在玉と認め得る写真を貼付した金山出名義の外国人登録原票が作成されている事実が明らかであり、これ等の事実に押収にかゝる金山出名義の外国人登録証明書(証第四号)被告人金再権の司法警察員に対する昭和三十一年三月八日附供述調書(但し上部欄外に第七乃至第十三の丁数番号のあるもの)の記載、同被告人の当公廷における供述、被告人金在玉の検察官に対する供述調書の記載及び同被告人の当公廷における各供述を綜合すると、被告人金在玉において昭和二十九年十月二十七日金山出名義を以つて自己の写真並びに必要書類を作成し、これを取り揃えて小倉市役所外国人登録係に提出して外国人登録の切替申請を行い、同市役所より金山出名義で被告人金在玉の写真の貼付してある外国人登録証明書の交付を受けた後被告人金再権において右登録証明書に貼付しある被告人金在玉の写真を剥ぎ離したうえ、自己の写真を当該場所に貼り付けて使用していた事実を認め得るが、右は被告人金在玉において自己が金山出として虚偽の申請を行つた事実を多分に推測せしめるものがあり、これに反して被告人金再権と被告人金在玉との間に被告人金再権を金山出とし、被告人金在玉の写真を使用して登録の申請を行う趣旨の共謀乃至は意思連絡のあつた事実を認め得る証拠は無い。これを要するに前記起訴状記載の公訴事実はこれを認めるに足りる犯罪の証明がないので被告人金在玉及び被告人金再権に対しては、右公訴事実の部分につき刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の裁判を言い渡すべきものとする。

二、前記起訴状記載の公訴事実中被告人金在玉に対する第一の(一)の「被告人金永年こと金在玉は、昭和二十九年十二月十日頃佐世保市役所において、同係員に対し、自己が金永年でないにも拘らず恰も金永年であるが如く装い金永年名義で自己の写真を貼付した有効期間の満了する外国人登録証明書に自己の写真三葉及び関係必要書類を添付して新たな外国人登録証明書の交付申請をなし、以つて右申請につき虚偽の申請をなし」との事実中外国人登録法違反の訴因並びに被告人諸扶★に対する第三の(一)の「被告人李遺連こと諸扶★は昭和二十九年十二月四日頃佐世保市役所において、同所係員に対し、自己が李遺連でないのに拘らず恰も李遺連であるが如く装い、李遺連名義被告人諸扶★の写真を貼付した有効期間の満了する外国人登録証明書に自己の写真三葉及び関係必要書類を添付し新たな外国人登録証明書の交付申請をなし、以つて右申請につき虚偽の申請をなし」との事実中外国人登録法違反の訴因について考察する。思うに外国人登録法第十八条第一項第二号及び刑法第百五十七条第一項の規定を対比すると両規定は共に公務員に対する虚偽の申請乃至申立を罰するものであるが、後者が専ら権利義務に関する公正証書の真正を担保せんとするにあるのに対し、前者は外国人の居住関係並びに身分関係を明確にすることに依つて(従つて登録の真正を担保することに依つて)在留外国人の公正な管理を図るにある。

而して前者の登録申請事項即ち登録原票記載事項中人の同一性を表す氏名,出生年月日、性別、職業、国籍等の事項や在留資格等は外国人の身分関係を明確ならしめるものであると同時に、その者の権利義務に直接関係する(人の同一性に関する事項は権利義務の帰属に関する故)事項と言うべきであるから、此の点は刑法第百五十七条第一項の「権利義務に関する」との規定の趣旨は疑もなく妥当する。従つて右の如く一面身分関係を明確にする事項を記載する外国人登録原票が右条項にいわゆる「権利義務に関する公正証書の原本」に該当することは多く論ずる迄もない。而して両者の規定には刑に軽重の差があり、前者の規定するところが前記の如く右身分関係のみならずこれと性質を異にし、権利義務に直接関係しない居住関係に関する事項についても虚偽の申請を罰する趣旨から考えて、外国人登録法第十八条第一項第二号の規定は刑法第百五十七条第一項の規定に対し、補充関係に立つものであつて、法条競合の一場合をなすものと解するのが相当であるから、前記訴因の如く自己の氏名を偽る方法によつて外国人登録証明書の交付を申請して内容虚偽の外国人登録原票を作成せしめる行為については刑法第百五十七条第一項の犯罪をのみ成立を肯定すべきであつて、右申請行為に対し重ねて外国人登録法第十八条第一項第二号の罪責を問擬する余地はないものというべきである。然し、前記各訴因はそれぞれ判示第一の(二)及び第二の罪と牽連一罪の関係にありとして起訴されたものであるから特に主文において無罪の言渡はしない。

仍て主文のように判決する。

(裁判官 真庭春夫)

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